第3日 8月24日(月) ゴルナグラートへ

[晴れ後曇り、午後雨]

ツェルマットのホテルの朝食

朝起きると、ホテルの窓から頂上がバラ色に染まった朝焼けのマッターホルンが見える。今日は天気は良さそうだ。7時過ぎに朝食。
今日の予定は、まずゴルナグラートに行って、帰りにローテンボーデンからリッフェルベルクまでハイキングで歩き、また電車に乗ってツェルマットまで降り、さらに、クラインマッターホルンへ登るというもの。

ゴルナグラート鉄道
8時にホテルを出て、歩いてゴルナグラート鉄道へ。スイスフレキシーパスを見せて往復割引き切符を買う。お客は日本人ばかりが目立つ。乗った電車は2両連結だが、私たちの車両は日本人貸切状態。

ゴルナグラート鉄道は、進行右側の席が良いと言われていたが空いてなく左の席。8:20静かに発車。針葉樹林の中、急な勾配を登っていく。左手にフィンデルンの滝が見える。
林が途切れると、右手の草原越しにマッターホルンが見えてくる、席を立って昇降階段でビデオとデジカメ撮影。荘厳な印象。

マッターホルン
(ゴルナグラートから)
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モンテローザ
(ゴルナグラートから)
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ブライトホルンと
クライネマッターホルン
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ドム
(ゴルナグラートから)
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ゴルナグラートの山頂
9:05ゴルナグラート着。標高3089m。気温は5度で寒い、用意してきたセーターを着込み、手袋もする。駅から展望台へ坂を登り始めると、高山病なのか後頭部がズキーンと痛む、がすぐ慣れて何ともなくなる。
右手にマッターホルンがそびえる。朝日と真正面に向きあう。天を突き刺すような三角錐の形が見事だ。神々しい感じさえする。

マッターホルン(4478m)の左手、南側正面に目を転じると、右から、ちょこんと黒く小さなとんがりのクラインマッターホルン(3883m)、分厚い雪をかぶったブライトホルン(4160m)、ごつごつしたロッチャーネーラ(4075m)、真っ白い小さなとんがりが2つ続くポリュックス(4091m)とカストール(4226m)、台形のリスカム(4527m)、南東にきらきらと山全体が輝くモンテローザ(4634m)と、山々が連なる。まさに絶景だ。

それぞれの山の間から氷河の帯が流れ出ているように見える。上の方は氷がつるつるの状態で太陽に反射して光ってきれいだが、下の方は、よく見ると瓦礫が混じっていて必ずしもきれいとは言えない。
Wifeが双眼鏡(8倍)で、リスカムの尾根に登山中のパーティーがポツン・ポツンと黒い点のように列を作っているのを見つける。昨夜中腹のどこかで野営して今朝、リスカムにトライしているのだろう。

マッターホルンの右手西側には、奥にダンデラン(4357m)、オーバーガーベルホルン(4063m)、ツェナールロートホルン(4221m)、更に北西奥に、真っ白い三角の壁に見えるワイスホルン(4505m)が見える。
また東側から北に目を転じると、シュトックホルンへのロープウェイの中継点ホータリの上に見えるアドラーホルン(3988m)、その左に山頂から斜めに数本筋の入ったリンプフィッシャーホルン(4009m)、アラリンホルン(4027m)、やや平たいアルプフーベル(4206m)、そしてとがった峰が2つ並んだテーシュホルン(4491m)、ドーム(4545m)と続く。

山頂は風が強く、かなり寒い。登ってきた時は、北の方に少し雲があるなという程度だったが、9時半過ぎには、まず北西のワイスホルンの山頂が雲に隠れはじめ、10時ごろにはマッターホルンやモンテローザにも雲がかかり始める。後の電車で次々に観光客が登って来るが、9時過ぎにツェルマットを出て上がってきた人たちは、東の氷河などはなんとかまだ見れるが、マッターホルンは、雲の中で全く見れなくなってしまった。山の天気は変わりやすいというが、まさに朝の好天が、数時間で崩れてしまった。

天文台のドームの下にある売店の中に入ってみる、暖房が効いてほっとする、暖かい牛乳を売っている。その下の売店でツェルマットの写真集を買う。土産物はチョコレートとナイフが多い。
ゴルナグラート駅の脇の郵便局(と言っても石造りで山小屋のようだ)の中に、大きな犬がいる。遭難救助犬で、タロー?という名だったと思う。

ローテンボーデンからハイキング

ハイキング途中の
リッフェル湖
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ゴルナグラート鉄道から見た
ツェルマット
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10:20、ツェルマットに降りる電車に乗る、今回も日本人が圧倒的に多い。電車から、岩と赤茶けた土のくぼみに羊の群れが寒そうに身を寄せ合って固まっているのが見える。どんよりとした冬空になり、雪が舞い始める。

ハイキングは止めようかと思うが、予定通りローテンボーデンで一旦電車降りて様子を見ることにする。10:35、電車を降りると、雨はぱらつく程度でスイスらしい乾いた小雨。傘も要らないくらいなので、歩いてみることにする。

急な坂を降りていく。草原と岩の間に一応道らしいものがある。道は分かれてもすぐ又合流する。木は全然生えてなく、見晴らしも良く、迷って変なところに行く心配はない。日本人の20人くらいのツアーがガイド付で前を歩いていて、その点でも心配はない。

少し降りると小さな池のようなリッヒエル湖がある。雲が垂れ込めているが、マッターホルンの姿が見えてきて、一応逆さマッターホルンがうっすらと池に映る。左に茶色のリッフェルホルンの断崖絶壁が聳えていて、Wifeが双眼鏡で、数人がロッククライミングしているのを見つける。
黄色くなりかけた短い草の生えた草原が続く、所々岩がごろごろしている。下っていくと下のリッフェルベルクの駅が見えてくる。左後ろにはマッターホルンの稜線が、時々雲の合間から見えるが、全体はもうはっきりと見えない。
11:40、リッフェルベルク駅に着き、電車を待つ。程なくやってきて、11:45乗り込む。2台目に乗ったため、割と空いていて、左側に座るがもうマッターホルンは見えない。

急な坂を下って谷底に下りていくような感じ、ツェルマットの町が見えてくる。「お疲れ様でした、ゴルナグラート・モンテローザ鉄道をご利用頂きありがとうございました」と、テープで車内放送が流されるが、ドイツ語・英語・フランス語の次ぎに日本語もちゃんと用意してあって、やはり日本人は大事な客なんだと実感。

ツェルマットの街と墓地

ツェルマットの街
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ツェルマットの墓地
(一般)
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ツェルマットの墓地
(登山者)
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ゴルナグラート鉄道のツェルマット駅に12:13に到着。午後はクラインマッターホルンに登る予定だったが、ツェルマットの町はまだ薄日が差しているものの、山が全く見えなくなり、とても無理。街で時間をつぶすしかない。
駅の公衆電話で、Wifeが朝日サンツアーズから貰ったスイスのテレカでスイスデスクに電話して、昼を食べるのに適当な、和食の店がないか照会。

商店街のメインの通りをぶらぶら歩き、土産物を探したり。スイスデスクで教えてもらった教会の前のおにぎりを売っている店に行くが、もう昼休みで閉店中。やむを得ず、パン屋でサンドイッチを買う。これがハムとレタスなどが挟まっていて、サンドといっても固いホットドッグといった感じ。パンの皮がガチガチに固くて、ちょっと食べにくい。メインの通りの一本東側の通りに入り、テニスコートを見下ろすベンチがあったので、そこに座って、ミネラルウオーターを飲みながら固いサンドを食べる。

雨は時折ぱらつく程度。だが雲は次第に厚くなって町から見えるはずのマッターホルンは雲に隠れて全然見えない。山岳博物館にも寄ろうかと思ったが余り気が進まず結局寄らずじまい。後で日本に帰ってから新田次郎の「アルプスの谷、アルプスの村」を読んで、行っておけば良かったと後悔。

教会と墓地
町の中心部の南に教会があり、立ち寄る。カソリック系らしく、祭壇はややきらびやかな金色系、窓のステンドグラスが美しい。教会の北側に墓地がある。墓石の前に必ず花が植えてあり、手入れもしっかりされていて、きれいな花を咲かせていた。墓石には写真を埋め込んだものもある。登山で亡くなった人たちの墓が真ん中にあるが、花の手入れがやや不十分で、草ばかりという状態だった。墓石の一つには「DIED ON WEISSHORN 17TH AUG 1933」と書いてある。1979というのもあった。

土産物店でツェルマットの観光ビデオを買う。録画形式に「NTSC」と「PAL」と2通りあり、店の人にJAPANでどちらが見れるのか聞くと、「多分NTSCで大丈夫だろう」と言うので「NTSC」を買う。日本に帰ってから見たら、内容的にはいまいちだったがちゃんと見られた。
雨が本降りになってきて、15時過ぎホテルに戻る。

診療所へ
Wifeが、トイレに行って、「残尿感と痛みがありちょっとおかしい、膀胱炎かもしれない。まだ旅行の先が長いので医者に見せておいた方が良いのではないか」と言う。これはやばいなー、旅行を続けられるのかな?と、ちょっと不安になる。そこで、ホテルから朝日サンツアーズのツェルマットスイスデスクにTELする。岡田さんという女性の方が、他の日本人関係者にも当たって、どのお医者さんが良いか調べてくれると言う。しばらくして、TELが来て、これからホテルまで迎えに来てくれると言う。

17時半頃、ホテルのポーターの電気自動車を手配して、玄関で待っていてくれる。一緒にクリニックへ。町の中心部の川沿いにあるこじんまりした、きれいな感じのClinic。岡田さんがずっと付き添って、英語で通訳してくれる。医師や看護婦や受付窓口の人と話するのに、私たちの英語ではとても満足に話が通じないので、岡田さんに一緒にいてもらって、本当に助かった。

医師は薬は3日分だけと言うが、旅はまだ3日以上あり不安なので、旅行期間中分欲しいと言ったら、「3日で治る」と、それ以上は出してくれない、また抗生物質の詳しい英語版の説明書を添付してくれる。胃の薬も貰いたいといったら、必要最小限だけくれた。外国の医療費は高いと聞いていたので費用がいくらかかるか多少心配だったが、約200SF(約2万円)だった。受付ではクレジットカード(VIZA)払いで良いと言う。海外旅行保険の請求に必要な書類を書いてもらう。
帰りは、ホテルのポーターは用事が出来たとかで迎えに来ず、雨の中を岡田さんも一緒に歩いてホテルに戻る。スイスデスクのありがたさを痛感した。(岡田さんの写真は「スイスで出会った人」に)

ちなみに旅行保険はVIZAカードに付属しているものを使い、医療費については、帰国してからVIZAに連絡して、書類を送ってもらい、保険請求手続きをした。2週間ぐらいで入金。カードの決済はさらに1ヶ月後だった。
水をどんどん飲まなければいけないので、ホテルの近くの店でミネラルウオータ1.5L買う、1.5SF。夕食はまたフルコース。

第4日 8月25日 ツェルマットからクラインマッターホルン、グリンデルワルトへ

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